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日々の戯言など
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覚書話3


「や、お久しぶり、皆」

ドアを開ければ、そこには見慣れた――見慣れていた姿。
長い艶やかな黒髪と同じく漆黒の瞳をした女性が挨拶と共に挙げた手をそのままに、ニッコリと笑って立っていた。

「沙羅……?」
「本当に、沙羅なの?」
「えっ!? ちょ、見えない、見えないよ、二人ともっっ」

ドアの真ん中で立ち尽くす銀の髪の青年と、その脇から身を乗り出す金の髪の彼の妹。
その二人の背中に阻まれて出遅れた金の髪の少年には、件の女性の姿が全く見えない。
何とか立ちはだかる壁をかき分け、ひょっこりと隙間から顔を覗かせれば、確かにそこには懐かしい姿。

感極まったのか、漸く収まったばかりだというのにまたもや涙を零す少女。
嬉しそうに顔を輝かせる少年。
何とも複雑そうな表情をしながら、それでも視線だけは酷く切なげな青年。

三者三様の反応を眺めながら、もう一度沙羅と呼ばれた女性が微笑んだ。



※※※※※


「まぁ、記憶が蘇るかもしれないってのは予想の範囲内だったからね。驚きはしないわ」

言いつつ、以前と変わらず美味しい紅茶に舌鼓を打つ。
記憶が戻ったせいというわけでもなく、金の髪の少女は元々紅茶を入れるのが上手い。
あの頃と寸分違わぬその味に、沙羅は酷く御満悦のようだ。
幸せそうにカップを両手で抱えニコニコしている。

沙羅の様子をこれまた嬉しそうに見つめていた少女が「おかわりは如何ですか?」と訊ねるのに頷きつつ、視線を残り二人に向ければ、一人は無言で紅茶を口に含み、今一人はカップを持ちつつ瞳を丸くしている。

「そうなの?」
「そうなの」

先の発言に対して少年が尋ねれば、沙羅はアッサリと肯定した。

言った通り、記憶が戻るかもしれないなんて、最初から想定済みだ。
戻らないはずがないとまで思っていた。
ただし、それも三人が一同に会すればという条件付での予想だった。予想だったが、この三人が出会わないはずもないとも思っていたので、結局のところ、全てが『予想の範囲内』だったといえる。


「で、戻ってしまった前世の記憶についてなんだけど」

カップを置いて、これが本題なのよと言わんばかりに言葉を続ける。

「お望みなら消去してあげるけれど、どうする?」
「消去…というと、記憶を消すという事かい?」
「消すって言うか……。いや、うん。そういう事になるかな?」

何かを付け足そうとした沙羅だったが、結局、青年の言を肯定する。

(正確に言えば、魂の核に封じるだけだから『消す』とはちょっとニュアンスが違うんだけど。でもそんな微妙な違い、普通わからないし。第一、そうされる人にとってみたら「知らない事になる」という点では同じだもんね)

「嬉しいだけの記憶ならまだしも、貴方達の場合、それ以上に辛い記憶が多すぎるから。消せるものなら消しておいた方が良いと私は思うけど」

沙羅の言葉に、三人は顔を見合わせた。

記憶を消去する事ができる。
そんな事が彼女にできるという事実にも驚きだが、それ以前に考えもしなかった。
蘇ったばかりの記憶はただ懐かしいばかりで。
そう、彼等にもう一度巡り会えた事が嬉しいばかりで。
今はまだ当時抱いていた絶望も苦しみも哀しみも思い返してはいなかったから。
それにヒトの記憶を消去するという行為は、当時自分達が最も忌み嫌った事だ。
当然の事ながら、思い出した現在でもそれについて抱く感情は同じ。
それに。

「僕はこのままでも構わないよ。……辛い記憶も嬉しい記憶も、当時の僕が経験した大切なものだからね」
「そう…そうですわね。私もこのままで良いですわ。もしここで再度忘れてしまったら、それこそもどかしい気持ちがずっと残ってしまいそうです」
「それは言えてる。第一、戻ったお陰で言える事、出来る事もあるだろうし。僕もこのままでいいや」

口々に記憶消去を拒む面々を眺めると、沙羅は仕方ないと言うように溜息をついた。
この反応もまた、予想の範囲内ではあったから。

「……分かったわ。でも、もしこの先どうしても記憶が辛くなるようなら、私を呼んで」
「沙羅を、ですか?」
「そう、私を」
「えっと? どうやって呼べば良いわけ?」
「どうとでも好きなように。声に出して私の名を呼んでも良いし、心の中だけで呟いても良い。記憶を消して欲しいっていうそれだけでも。どっちにしても私には聞こえるから」
「それもまた“姫”であるが故の能力なのかい?」
「お仕事をこなす為には必要なものですから」

お茶らけたように言うものの、微笑む彼女の姿は確かに先ほど聞いたばかりの“姫”の尊称兼役職に相応しいものだった。

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