×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
覚書話4
「可愛かったわね、赤ちゃん」
先ほど会ったばかりの赤ん坊を思い返す。
ミュウ達の中で――正確には今の世の中で――初めて自然出産によって生まれた子供。
新しい命は元気一杯で、瑞々しい輝きに溢れていた。
子供のお陰なのかどうなのか。
あの地に住まう事にした彼等も更に活力が湧いているようだ。
「そうだね。正直、生まれたばかりの赤ん坊があれほど無垢で愛おしいものだとは思わなかったよ。教えてくれたカリナとユウイに感謝をしなくてはね」
「他の子達も真剣に子供を作ることを考え始めているみたいね」
「命が生まれる瞬間のあの何ともいえない想いを知ってしまったら、望む者が出てくるのは当然の事だ」
遠く、このシャングリラまでも届いた命の誕生。喜びの歌。
思いもかけず妊婦の激痛を感じてしまった彼等は暫く躊躇っていたようだが、あの喜びの前ではそれすらも霧散してしまったらしい。
現在、幾人かが現ソルジャーたるジョミーに婚姻の申請をしている。同時に子供を作ることを。
ただし、虚弱な者が多いミュウの事、母体となる女性には綿密な検査が必要とされるのだが。
赤ん坊を見た事もそうだが、そういった今までになかった新しい流れそのものを喜んでいるのだろう。
隣を歩くブルーの表情も明るい。
「せっかくだし、ブルーも子供作ってみたら?」
「子供…かい? それは……。……いたら、きっと可愛いだろうね」
悪戯っぽい笑みを浮かべる沙羅に軽く目を見開いて。
けれどもすぐに苦笑を浮かべ、微妙にはぐらかした返答を沙羅へと返す。
『欲しい』とも『欲しくない』ともどちらとでも取れる返答。
それはつまり、彼の心の中に『欲しい』という気持ちが紛れ込んでいるから。
勝手にそう解釈した沙羅はせっかくなのでもう少し突っ込んでみる事にした。
(いや、だからどうという事もないのだけれど。まぁ、何ていうか、ちょっと興味があるのよね。ブルーの反応に)
「そうね。きっと可愛いわね。それで、結局貴方は、貴方の子供が欲しいのだという解釈でよいのかしら?」
小首を傾げながら伺うと、浮かべられていた苦笑はどこか呆れを滲ませたものに変わる。
「どうしてそうなるんだい」
「あら、“いたら可愛いだろうね”って事は、“できれば欲しいな”って事でしょ? ニュアンスとして」
「それは君の解釈」
「じゃあ、貴方は違うって事?」
「そうなるね」
「本当に?」
「本当に」
(流石に手ごわい)
中々本音を見せてくれない相手に軽く舌打をしつつ、表情は残念さを作りながら。
「何だ、つまらない」
呟く沙羅に、ブルーは益々苦笑を深め。
「仮にそうだったとしても、僕の相手をしてくれるような酔狂な女性はいないよ」
(うっわー。その他大勢の男性諸君が聞いたら憤慨モノの台詞ね、それは)
長としてその手腕を発揮し、カリスマ性も高く、物腰柔らかく性格も宜しく尚且つ他の追随を許さないその美貌。
ハッキリキッパリ“素敵な人”と断言できるこの人の誘いを、頬を染めながら受ける女性はいても、断る女性はまずいまい。既に相手がいる場合を除いて。
(あ、でも余りにも高嶺の花すぎて臆しちゃう場合もあるか)
ミュウ達は、この人への尊敬の念がただ事じゃないからなー。
あー、むしろ既に神様を崇め奉る感がなきにしもあらずだし。
実際のこの人はそんなんじゃないんだけどねぇ。
などなど、今までの様々な状況・言動を思い出し、皆が描くソルジャー・ブルー像と比べ合わせ内心で笑っていたのだが。
ふと飛び込んできた言葉に、それらは一瞬にして沙羅の中から消え去った。
「―――残して逝く事がわかっているのに、そんな無責任な事はできないよ」
恐らく、こちらこそが彼にとっては本当の理由なのだろう。
憂いを帯びた真紅の瞳をそっと伏せた彼に、沙羅もそれ以上何も言う事ができなくなってしまう。
何故なら、彼が言ったことは、今まで散々自分が紡いでいたものと同じだったから。
最も、彼は真実“残して逝く”のだが、沙羅の場合は“残して行く”という微妙な違いがあるのだけれど。
(それでも、二度と会う事がないのは同じだからね……)
落ちる沈黙。
互いに互いが思考の海に沈んでしまう。
既にブルーの居室である蒼の間はすぐそこにまで来ている。
シャングリラ中が赤子の誕生に沸き立ち、下へと祝いに降りている人間が多い事を除いても、この場所に近づく者は普段から殆どいない。
喧騒は遠い場所にしかなく、その為かあたりを包む静寂はより一層重苦しくなる。
「―――もし」
先に静寂を破ったのは沙羅だ。
目の前にある秀麗な顔を見上げながら、静かに言葉を紡ぐ。
「もし、貴方が本当に欲しいなら、協力するわよ?」
「?」
意味が解らないと首を傾げるブルーに。
「子供。貴方が欲しいというのなら、私が生んであげるけど、どうする?」
再度解りやすく告げれば、真紅の瞳がこれ以上はないというくらいに見開かれた。
永く共に在ったとはいえ、今まで決して特別な――恋愛感情とは無縁の場所にいたはずの女性からの提案に、咄嗟に言葉が出てこない。
子供を作るという行為がどのようなものなのか、まさか彼女が知らないはずはないだろう。
聞くところによると、カリナが自然出産について話をしていた場所に、沙羅もいたそうだから。
しかも彼女は自然出産を“それこそが、私にとっては当たり前の事なんだけどね”と苦笑していたらしいから。
その上でこの発言ならば、当然彼女はブルーとの行為を承諾している事になる。
先にも言ったが、今まで二人はそんな雰囲気になった事もなければ、話として上った事もない。
にも関わらず、何故今この場でそれを許容してしまう発言が出てくるのか。
そして、残して逝ってしまうことを、彼女自身はどう捉えているのか。
ブルーの命が残り少ない事を――もしかしたら、“何時終わるのか”をも――誰よりも一番良く知っているはずなのに。
(あぁ、何だか僕の方が、思考回路がショートし始めているな)
混乱の最中にある頭の片隅で、何気なく冷静に現在の自分の状況を分析している辺りは流石元ソルジャーと褒めるべきだろうか。
だが、とにもかくにも何かを言わなくてはならないだろうと口を開いてはみたものの。
「な…に、言って……」
衝撃はやはり完全にはぬぐい切れていないらしい。
声は掠れ、それ以上は続ける事が出来ず、口を開閉するだけになってしまう。
冷静沈着にして平時は笑顔を絶やさない人の珍しい様子に、思わず沙羅は笑ってしまった。
最も、沙羅にしてみれば、“ソルジャー”としてのカオを外した素の彼の姿はそれほど珍しいものではなかったのだけれど。
先ほど会ったばかりの赤ん坊を思い返す。
ミュウ達の中で――正確には今の世の中で――初めて自然出産によって生まれた子供。
新しい命は元気一杯で、瑞々しい輝きに溢れていた。
子供のお陰なのかどうなのか。
あの地に住まう事にした彼等も更に活力が湧いているようだ。
「そうだね。正直、生まれたばかりの赤ん坊があれほど無垢で愛おしいものだとは思わなかったよ。教えてくれたカリナとユウイに感謝をしなくてはね」
「他の子達も真剣に子供を作ることを考え始めているみたいね」
「命が生まれる瞬間のあの何ともいえない想いを知ってしまったら、望む者が出てくるのは当然の事だ」
遠く、このシャングリラまでも届いた命の誕生。喜びの歌。
思いもかけず妊婦の激痛を感じてしまった彼等は暫く躊躇っていたようだが、あの喜びの前ではそれすらも霧散してしまったらしい。
現在、幾人かが現ソルジャーたるジョミーに婚姻の申請をしている。同時に子供を作ることを。
ただし、虚弱な者が多いミュウの事、母体となる女性には綿密な検査が必要とされるのだが。
赤ん坊を見た事もそうだが、そういった今までになかった新しい流れそのものを喜んでいるのだろう。
隣を歩くブルーの表情も明るい。
「せっかくだし、ブルーも子供作ってみたら?」
「子供…かい? それは……。……いたら、きっと可愛いだろうね」
悪戯っぽい笑みを浮かべる沙羅に軽く目を見開いて。
けれどもすぐに苦笑を浮かべ、微妙にはぐらかした返答を沙羅へと返す。
『欲しい』とも『欲しくない』ともどちらとでも取れる返答。
それはつまり、彼の心の中に『欲しい』という気持ちが紛れ込んでいるから。
勝手にそう解釈した沙羅はせっかくなのでもう少し突っ込んでみる事にした。
(いや、だからどうという事もないのだけれど。まぁ、何ていうか、ちょっと興味があるのよね。ブルーの反応に)
「そうね。きっと可愛いわね。それで、結局貴方は、貴方の子供が欲しいのだという解釈でよいのかしら?」
小首を傾げながら伺うと、浮かべられていた苦笑はどこか呆れを滲ませたものに変わる。
「どうしてそうなるんだい」
「あら、“いたら可愛いだろうね”って事は、“できれば欲しいな”って事でしょ? ニュアンスとして」
「それは君の解釈」
「じゃあ、貴方は違うって事?」
「そうなるね」
「本当に?」
「本当に」
(流石に手ごわい)
中々本音を見せてくれない相手に軽く舌打をしつつ、表情は残念さを作りながら。
「何だ、つまらない」
呟く沙羅に、ブルーは益々苦笑を深め。
「仮にそうだったとしても、僕の相手をしてくれるような酔狂な女性はいないよ」
(うっわー。その他大勢の男性諸君が聞いたら憤慨モノの台詞ね、それは)
長としてその手腕を発揮し、カリスマ性も高く、物腰柔らかく性格も宜しく尚且つ他の追随を許さないその美貌。
ハッキリキッパリ“素敵な人”と断言できるこの人の誘いを、頬を染めながら受ける女性はいても、断る女性はまずいまい。既に相手がいる場合を除いて。
(あ、でも余りにも高嶺の花すぎて臆しちゃう場合もあるか)
ミュウ達は、この人への尊敬の念がただ事じゃないからなー。
あー、むしろ既に神様を崇め奉る感がなきにしもあらずだし。
実際のこの人はそんなんじゃないんだけどねぇ。
などなど、今までの様々な状況・言動を思い出し、皆が描くソルジャー・ブルー像と比べ合わせ内心で笑っていたのだが。
ふと飛び込んできた言葉に、それらは一瞬にして沙羅の中から消え去った。
「―――残して逝く事がわかっているのに、そんな無責任な事はできないよ」
恐らく、こちらこそが彼にとっては本当の理由なのだろう。
憂いを帯びた真紅の瞳をそっと伏せた彼に、沙羅もそれ以上何も言う事ができなくなってしまう。
何故なら、彼が言ったことは、今まで散々自分が紡いでいたものと同じだったから。
最も、彼は真実“残して逝く”のだが、沙羅の場合は“残して行く”という微妙な違いがあるのだけれど。
(それでも、二度と会う事がないのは同じだからね……)
落ちる沈黙。
互いに互いが思考の海に沈んでしまう。
既にブルーの居室である蒼の間はすぐそこにまで来ている。
シャングリラ中が赤子の誕生に沸き立ち、下へと祝いに降りている人間が多い事を除いても、この場所に近づく者は普段から殆どいない。
喧騒は遠い場所にしかなく、その為かあたりを包む静寂はより一層重苦しくなる。
「―――もし」
先に静寂を破ったのは沙羅だ。
目の前にある秀麗な顔を見上げながら、静かに言葉を紡ぐ。
「もし、貴方が本当に欲しいなら、協力するわよ?」
「?」
意味が解らないと首を傾げるブルーに。
「子供。貴方が欲しいというのなら、私が生んであげるけど、どうする?」
再度解りやすく告げれば、真紅の瞳がこれ以上はないというくらいに見開かれた。
永く共に在ったとはいえ、今まで決して特別な――恋愛感情とは無縁の場所にいたはずの女性からの提案に、咄嗟に言葉が出てこない。
子供を作るという行為がどのようなものなのか、まさか彼女が知らないはずはないだろう。
聞くところによると、カリナが自然出産について話をしていた場所に、沙羅もいたそうだから。
しかも彼女は自然出産を“それこそが、私にとっては当たり前の事なんだけどね”と苦笑していたらしいから。
その上でこの発言ならば、当然彼女はブルーとの行為を承諾している事になる。
先にも言ったが、今まで二人はそんな雰囲気になった事もなければ、話として上った事もない。
にも関わらず、何故今この場でそれを許容してしまう発言が出てくるのか。
そして、残して逝ってしまうことを、彼女自身はどう捉えているのか。
ブルーの命が残り少ない事を――もしかしたら、“何時終わるのか”をも――誰よりも一番良く知っているはずなのに。
(あぁ、何だか僕の方が、思考回路がショートし始めているな)
混乱の最中にある頭の片隅で、何気なく冷静に現在の自分の状況を分析している辺りは流石元ソルジャーと褒めるべきだろうか。
だが、とにもかくにも何かを言わなくてはならないだろうと口を開いてはみたものの。
「な…に、言って……」
衝撃はやはり完全にはぬぐい切れていないらしい。
声は掠れ、それ以上は続ける事が出来ず、口を開閉するだけになってしまう。
冷静沈着にして平時は笑顔を絶やさない人の珍しい様子に、思わず沙羅は笑ってしまった。
最も、沙羅にしてみれば、“ソルジャー”としてのカオを外した素の彼の姿はそれほど珍しいものではなかったのだけれど。
PR